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浦和地方裁判所 平成3年(ワ)672号 判決

主文

一  被告は原告に対し二〇九五万円及びこれに対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

一  《証拠略》によれば、原告は不動産の売買、賃貸借及びその仲介等を営業目的とする会社であること、原告は平成二年五月二五日、宅地として開発しその上に建売住宅を建築し販売することを目的として、中沢から本件土地を代金二億六五二〇万円で買い受け(本件売買契約)、その代金の支払を完了した後の同年六月二〇日、これにつき中間者である中沢を省略してその前所有者である吉田商事から所有権移転登記を経由したことが認められるところ、本件土地がそれ以前の昭和四五年八月都市計画によつて市街化調整区域に組入れられていたことは当事者間で争いがない。

都市計画法によれば、都市計画区域(第四条第二項)において開発行為(同条第一二項)をするには都道府県知事の許可を受けることが必要とされ(第二九条)、そのうち、市街化調整区域(第四条)にかかる開発行為においては原則としてその許可をしてはならないこと(第三四条)、開発行為を伴わない建物の建築についても右と同様の規制がある(第四三条第一項、第二項)が、当該土地が市街化区域と隣接し、又は近接し、かつ、自然的社会的諸条件から市街化区域と一体的な日常生活圏を構成していると認められる地域であつて、おおむね五〇以上の建築物が連たんしている地域内に存し(同条第一項第六号イ、以下、これを「連たん要件」という。)、しかも、市街化調整区域に関する都市計画が決定された際すでに宅地であつた土地(既存宅地)であつて、その旨の都道府県知事の確認を受けたものはこの限りではない(同号ロ)とされている。これによれば、当該土地が既存宅地であれば、連たん要件を満たす限り、都道府県知事の許可なくして、開発行為を伴わない建物の建築が可能であるばかりか、《証拠略》によれば、当該土地が既存宅地であれば、都道府県知事の開発許可を受けて宅地開発をすることも可能であるのが通常であり、このような土地は建物の建築が規制されている土地に比して高額で取引されること、この場合、市町村長が発付する宅地課税証明書は既存宅地確認の資料として利用され、その申請書に宅地課税証明書が添付されていれば、通常、既存宅地の確認が受けられるので、宅地課税証明書は市街化調整区域内の土地の取引において重要な役割を持つていること、原告は、本件売買契約締結の際、売主側から、本件宅地課税証明書を提示されたので、本件土地については埼玉県知事による既存宅地の確認が受けられ、宅地開発が可能であると判断し、本件売買契約の締結に踏み切つたこと、ところが、その後、間もなく、本件宅地課税証明書は、土地課税証明書発付の専決権限を有する被告の職員である甲野(税務課長)が故意に作成した内容虚偽のものであり、本件土地は埼玉県知事による既存宅地の確認を受けることができないものであることが判明し、そのために原告は本件土地を高額で買い受けたにもかかわらず、宅地開発をすることができず、損害を被つたことが認められる。

二  そこで、原告が被つた損害につき被告に賠償責任があるかどうかについて検討する。

1  《証拠略》によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件土地はもと農地(畑)であつて、油原光一の所有に属していたところ、昭和六三年一二月二四日、有限会社古沢商事がこれを買い受けたが、当時、本件土地が農地であつたため、その所有権移転登記は有限会社古沢商事ではなく、松村貴代一に対して経由された。

(二)  有限会社古沢商事は平成二年二月八日、初栄一級建築設計事務所の代表者の一人で、当時、被告の町議会議員であつた田中と吉野建設株式会社との仲介により、吉田商事に対し本件土地を代金六六三〇万円で売り渡し、これにつき同年五月二九日の受付けで松村貴代一から吉田商事への所有権移転登記が経由された。これより先、吉田商事の代表者である吉田と田中は、有限会社関口建設と松村貴代一の連名で本件土地につき農地法第五条の規定による転用許可の申請をし、同年一月二三日、その許可を受けたので、これを資材置場として整地し、周囲に塀をめぐらしたうえ、同年四月二〇日受付けで畑から雑種地への地目変更登記を経由した。

(三)  荒木は、知人に誘われ、全日本同和会岩槻支部に入会し、昭和六一年ころから同支部青年部長の肩書を利用して、不動産取引に介在し、これに関して行政当局から許認可を受けることなどを生業としていたところ、平成二年三月二〇日ころ、東日本地産の代表取締役である深沢から、本件土地上に倉庫などの建物が建てられるかどうか調べて欲しい旨の依頼を受け、現地を見るなどしたが、その後、他の仕事に追われ、二か月ほどはそのままになつていた。その間に、本件土地は吉田商事から有限会社第一宅建センターに対し一坪当たり一六万円で、有限会社第一宅建センターから東日本地産に対し一坪当たり一九万円で順次売却されたが、代金の決済はされないままとなつていた。

(四)  荒木は同年五月一八日ころ、仕事仲間の木下幸一から本件土地につき宅地課税証明書をとつて欲しいと頼まれてこれを承諾し、同月二二日、被告の役場に赴いた。そして、荒木は、当時、被告役場の税務課長の職にあり、宅地課税証明書の発付権限を有している甲野に対し、「全日本同和会埼玉県連合会岩槻支部青年部長」の肩書のある名刺を示して、本件土地につき昭和四五年一月一日の時点において宅地課税されていたことを証明する宅地課税証明書を交付するよう要求した。甲野は、一旦これを断つたが、荒木の要求が執拗であり、これを断ると、同和団体に押しかけられ、面倒なことになるとの判断から、税務課主査の乙山春夫と相談のうえ、実際には右の時点では本件土地の地目は畑であり、本件土地には畑としての固定資産税が賦課されていたにもかかわらず、荒木の要求どおり被告の町長名で本件宅地課税証明書を作成して荒木に交付した。当時、甲野は、本件宅地課税証明書がどのようなことに利用されるかを知つていたし、荒木の申告によつて記入された宅地課税証明書の申請者欄には、住所として「大宮市土呂」と、氏名として「荒木」と記載があるだけで不備なものであつたが、あえてこれを補正させようとはしなかつた。

(五)  一方、本件土地について既存宅地の確認が受けられそうであるとの手掛かりを掴んだ吉田は、同じころ、田中を通じて原告を含む数人の不動産業者に対し、本件土地を既存宅地として売りに出すとの取引情報を流したところ、原告がこれに反応を示した。

2  《証拠略》によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、主として埼玉県菖蒲町、騎西町に所在する土地の開発、分譲を手掛けており、田中若しくはその経営する初栄一級建築設計事務所とは一〇数年来の仕事上の付き合いがあり、一〇数回の取引を行つていたが、本件売買契約の時まで一度も取引上のトラブルが生じたことはなかつた。

(二)  田中からその所有者が本件土地につき買手を捜しているとの情報を入手した原告は、代表者の蓮実清一、営業部長の井上清及び総務部長の増淵潔が早速現地に赴き、本件土地が資材置場として整地され、トタン塀で囲まれていることを確認し、実測まではしなかつたが、連たん要件を満たしていると判断した。そのうえ、井上、増淵の両名は現地で田中から、本件土地は既存宅地であり、建売分譲ができるとの説明を受けた。

そこで、原告は、本件土地に道路を取り付け、一六戸ほどの住宅を建築し分譲することを計画し、代金が一坪当たり四〇万円であるならばこれを買い受けることにして、その旨を田中に伝え、この原告の意向は田中から吉田商事に対して、吉田商事から東日本地産その他の関係者に対してそれぞれ伝達された。一方、原告は取引銀行に対して借入れの申込みをし、買受資金の調達にとりかかつた。そうするうち、同月二三日、吉田から本件宅地課税証明書の写しがファックスで送信されてきたので、田中はその写しをとつて原告の関係者に手渡した。

(三)  吉田商事と東日本地産は、原告からの申込みを受け容れることとし、同月二五日、初栄一級建築設計事務所で、買主、売主双方の関係者が立会いのうえ、東日本地産が自らに代わる者として指定した中沢が売主となつて、本件売買契約が締結され、その場で、手付金として三〇〇〇万円が小切手で原告から中沢に支払われた。そして、同年六月一九日、原告の会社事務所で、残代金二億三五二〇万円が現金で原告から中沢に支払われ、荒木から原告の代表者に対して本件宅地課税証明書が交付された。そして、右代金の中から東日本地産の有限会社第一宅建センターに対する、有限会社第一宅建センターの吉田商事に対する前記各売買代金の支払がされた。

(四)  そのあと、原告は田中に対し、本件土地につき既存宅地確認申請と開発許可申請の各手続を委任し、初栄一級建築設計事務所の従業員樋口由起夫が手続の準備にはいつた。ところが、右各申請手続の後、本件宅地課税証明書が内容虚偽のものであることが発覚し、そのため本件土地については宅地開発ができないまま現在に至つている。そこで、原告は売主である中沢に対し支払つた代金の返還を求めたが、中沢は資力がないことを理由にこれに応じず、現在ではその所在も定かではない。

3  以上の事実によれば、原告は、実際には既存宅地ではなく、建物の建築につき規制を受ける土地を既存宅地であると誤信して買い受けたのであり、その誤信は、内容虚偽の本件宅地課税証明書が存在し、交渉の過程で、これが取引関係者から示されたからであつて、甲野による本件宅地課税証明書の作成発付がその因をなしていることは明らかである。そして、一般に宅地課税証明書は既存宅地確認の資料として利用され、通常宅地課税証明書があれば既存宅地の確認を受けられるところから、宅地課税証明書の存在を信頼して市街化調整区域内の既存宅地の取引が行われていることからすれば、内容虚偽の宅地課税証明書が発行された場合にその証明書を真正なものと信じた者が土地取引で既存宅地でないものを既存宅地であると誤信し、その誤信に基づき宅地開発の目的をもつて実際には建物の建てられない土地を高額な代金で取得し、その代金相当の損失を被ることは通常生じうることであり、したがつて、このようにして原告が被つた損害は甲野の本件宅地課税証明書作成発付との間に相当因果関係があるというべきである。

そして、甲野が右のような事態の発生を予見しながら、あえて、これをしたことは前認定のとおりであり、前認定のとおり、甲野は被告役場の税務課長としての権限においてこれをしたのであるから、被告は甲野の右行為により原告に生じた損害を賠償すべきである。

4  しかしながら、前認定のとおり、本件宅地課税証明書の申請者欄の住所・氏名の記載が完全なものではなかつたこと、本件売買契約締結の席には、全日本同和会埼玉連合会岩槻支部青年部長の肩書を持つ荒木という正体不明の人物が立ち会つていること、被告役場では本件売買契約当時土地課税証明書の交付を申請することのできる者を土地の所有者又はその代理人に限定してはいなかつたことからすれば、本件土地につき都市計画法上宅地開発が可能であるかどうかに重大な関心を有する原告としては、売買契約の成立に先立ち、改めて、自ら宅地課税証明書の交付申請をするか、被告役場に対して直接本件宅地課税証明書の記載の真否を確認すべきであり、それをしないで、物事の処理を仲介人である田中に全て任せきりとしたことは、たとい、それまでの原告と田中との取引等でトラブルが生じたことがなかつたとしても、迂闊であつたとの非難は免れず、埼玉県知事による開発許可がない段階で代金全額の支払をしてしまつたことも軽率というほかない。したがつて、前記損害の発生及び拡大については原告にも過失があつたことは否定できず、その責任負担の割合は甲野の六・五に対し原告の三・五とするのが相当である。

三  そこで、右損害額について検討する。

1  《証拠略》によれば、宅地開発が不可能とした場合、本件売買契約当時の本件土地の適正価格は四八二〇万円であること、本件売買契約の売主である中沢はその後所在をくらましてしまい、原告において中沢から支払つた代金相当額の返還を求めることは不可能な状態であることが認められ、これによれば、原告は、本件土地について宅地開発が不可能であることにより中沢に対して支払つた代金二億六五二〇万円から本件土地の適正価格四八二〇万円を差し引いた二億一七〇〇万円の損害を被つたということができる。

被告は、右代金額は本件売買契約の当事者間でその自由意思によつて定められたのであり、被告は、これに何のかかわりも有していないのであるから、右損害につき賠償の責を負ういわれはないと主張するが、右代金額が本件売買契約当時の、本件土地につき宅地開発が可能である場合の適正価格であるかぎり、これをもとにして算定した損害が甲野による本件宅地課税証明書の作成との間に相当因果関係を有することを否定することはできない。

また、被告は、右代金額は平成二年五月二五日当時の実勢価格に基づくものであり、その後の土地価格の著しい下落という状況に照らせば、仮に、原告が本件土地につき開発許可を取得できたとしても、これを大幅に下回る価格でしか本件土地を分譲することはできなかつたと主張するが、これを裏付けるに足りる具体的な証拠はない。

2  原告の被つた損害は右のとおり二億一七〇〇万円であるところ、その発生及び拡大については原告にも過失があることは前述のとおりであり、前記責任負担の割合に従いこれからその三割五分を減ずると、その残額は一億四一〇五万円である。

3  原告が田中から、平成四年五月二五日に四二〇〇万円、同年一一月末日に三五〇〇万円、吉田から、同年八月五日に五〇〇万円、深沢から同年一〇月末日に四〇〇〇万円の、合計一億二二〇〇万円を右損害の填補として受けたことは原告の自認するところである。

ほかに、原告が田中から同年五月二五日に八〇〇万円の支払を受けたことについては当事者間に争いがないが、《証拠略》によれば、右八〇〇万円は本件売買契約についての仲介手数料として支払われたものの返還として支払われたものであることが認められ、ほかに、これが右損害の填補と認めるに足りる証拠はない。

原告が吉田から、同五年三月末日に一〇〇〇万円の支払を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、前述の損害の金額からこれを差し引くと、その残額は一九〇五万円である。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟の提起及び遂行を原告らの訴訟代理人・樋口和彦、池末登志博に委任し、相当額の報酬等の支払を約したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求の認容額その他諸般の事情に照らすと、前記甲野の行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は一九〇万円とするのが相当である。

四  よつて、原告の本訴請求は、被告に対し二〇九五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為の後の日)であることが記録上明らかな平成三年七月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 中野智明 裁判官 中川正充)

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